株式会社resolves代表の笹島です。
最近、キックボクシングを始めました。
きっかけは単純だったんですが、やってみたら思わぬ気づきがありました。普段の人間関係で無意識に感じていた「立場」という窮屈さ。ジムではそれが一切ないこと。そして、立場を外した状態で人と向き合うと、相手へのリスペクトの仕方がまるで変わること。
経営者としてだけでなく、一人の人間としての視野が広がった話を書いていきます。
キックボクシングを始めた理由

地元の2つ上の先輩がキックボクシングジムを運営していて、自宅からも近かったので始めました。
理由はシンプルで、精神を鍛えるには肉体からだと思ったからです。
経営をしていると、メンタルの強さを求められる場面が多い。資金繰り、取引先とのやりとり、社員のこと。頭の中はいつも仕事のことでいっぱいで、知らないうちに心が消耗していきます。
本を読んだり、人に相談したりもしてきました。でも、根本的に何かが足りない気がしていた。
考えてみれば、ずっと頭ばかり使ってきました。戦略を考える、数字を見る、言葉を選ぶ。全部、頭の中の作業です。でも精神って、頭だけで鍛えられるものではない。体に負荷をかけて、痛みや疲労を経験して、それでも立ち続ける。その繰り返しの中で精神は鍛えられていくんじゃないかと思いました。
だから、ランニングでもジムでもなく、格闘技を選びました。自分の体で殴り、殴られる。逃げ場のない環境に身を置くことで、精神の土台を作りたかった。
やるからにはとことんやる

始めるからには中途半端にはしたくないと思っていました。
健康のためにジムに通う、くらいの気持ちだったら続かない気がした。やるなら本気で。
実際、試しにボディを何発か殴ってもらったこともあります。普通に痛い。でも、この痛みを知った上で練習に臨むのと、知らないまま漠然と構えているのとでは、覚悟の質が全然違います。
仕事でも同じで、中途半端にやって失敗するくらいなら、全力でやって失敗したほうがいい。そう思って経営をしてきました。キックボクシングでも、その感覚は変わらない。
とことんやるから面白くなる。とことんやるから見えてくるものがある。最初からセーブしていたら、ここに書いているようなことには一つも気づけなかったと思います。
恐怖という感情と向き合う

キックボクシングをやっている人の話を聞くと、肋骨にヒビが入ったり、肝臓への衝撃で血尿が出ることもあるらしい。
正直、怖いです。
でも、この「怖い」という感情を避けずに受け止めることに意味があると考えています。
経営者は日々、数字やロジックで判断することが多い。感情を表に出さないようにしている場面も多い。「怖い」と口にすることは弱さだと、どこかで思っている節がある。
でも格闘技では「怖い」がそのまま出てくる。殴られるかもしれないという瞬間に、体は正直に反応する。ごまかしが効かない。
その経験を繰り返す中で、自分自身への理解が変わってきました。「自分はこういう場面で恐怖を感じるんだ」「このくらいの痛みなら耐えられるんだ」と、自分の輪郭がはっきりしてくる。
そして、同じように恐怖を感じながらリングに立っている相手への見方も変わります。「この人も怖いはずなのに、ここに立っている」。それだけで、相手への敬意が生まれる。
恐怖は弱さではなく、自分にも他人にも誠実になるための入口だと、今は思っています。
ジムには肩書きがない

ジムに来ている人たちは本当にバラバラです。会社員、学生、なかには元プロボクサーの人もいます。
面白いのは、誰も「何の仕事をしているか」をそこまで気にしないこと。
ビジネスの場では、初対面でまず名刺を交換します。会社名、役職、肩書き。それを見てから「この人はこういうポジションの人だ」と判断する。意識的にやっているというより、もうそれが当たり前になっている。
でもジムでは、そんなものは一切ない。
「このあとディフェンスの練習する?」「さっきのストレート、いい音してたね」。会話はそれだけ。社長だから偉いとか、学生だからまだまだとか、そういう空気がまったくない。
その「何者でもない自分」でいられる時間が、想像以上に心地よかったんです。
立場が人間関係を窮屈にしていた

ジムに通い始めて気づいたのは、普段の人間関係にある「立場を意識する空気」の存在でした。
別に、自分が偉そうにしているつもりはないし、相手を立場で判断しているつもりもない。でも、お互いにどこかで少し意識してしまう部分がある。
取引先と話すとき、「この人は発注側だな」と頭のどこかで思っている。相手も「この人はうちに仕事を頼んでいる側だ」と意識している。お互いに悪気はない。でも、その意識があるだけで、会話の温度が少しだけ変わる。言葉の選び方が変わる。距離感が変わる。
社員との関係もそうです。こちらがどれだけフラットに接しようとしても、「社長と社員」という構造がある以上、完全に対等にはなりにくい。
それは仕方のないことだと思っていました。社会ってそういうものだと。
でもジムに通い始めて、「それって本当に仕方ないのか?」と思うようになりました。
ジムでは、立場を意識する必要がない。だから、余計な気遣いがない。余計な気遣いがないから、素の自分で話せる。素の自分で話せるから、相手のことも素のまま見られる。
そのシンプルさが、ビジネスの場ではなかなか手に入らない。地位や立場は、関係を守るために必要なものだと思ってきたけれど、同時に人間関係を窮屈にしている要因でもあったんだと、今は感じています。
自分と違う人をリスペクトする感覚

ジムにはいろんな人がいます。年齢も職業もバックグラウンドもバラバラ。普段の生活では接点がないような人たちと、同じ空間で汗を流しています。
格闘技をやっていると、相手へのリスペクトが自然と生まれます。
自分より強い人には素直に「すごいな」と思える。でもそれは、ビジネスの世界で「あの会社は売上が大きいからすごい」と思うのとは全然違う。
格闘技のリスペクトは、もっとシンプルです。「この人は自分にはできない技術がある」「この人は自分よりずっと練習してきたんだろうな」。それだけ。肩書きも実績も関係ない。純粋に、相手がやってきたことへの敬意。
そういう感覚が身につくと、ジムの外でも少しずつ変わってくる気がしています。
社員を見るとき、「自分にはない視点を持っている人だな」と思える。取引先と話すとき、「この人が積み上げてきたものは、自分とは全然違うんだろうな」と想像できる。
ビジネスの世界にいると、どうしても同じ物差しで人を測りがちです。売上、利益、成長率。でも本来、人の価値はそんな一つの軸では測れない。
自分とは違う人に対して、違うからこそリスペクトできる。その感覚は、経営者として人と関わる上で、自分に一番足りなかったものかもしれないと思っています。
経営者としての成長につながる予感

キックボクシングが直接ビジネスに役立つかと聞かれたら、「直接的には…」と前置きしたくなります。
ただ、不思議なもので、キックボクシングや格闘技の話題をきっかけに仲良くなった経営者もいます。「自分もやってるんですよ」とか「興味あったんですよね」とか。共通の話題があるだけで、いきなり距離が縮まることがある。
考えてみれば当然で、ビジネスの話だけだと「何を提供できるか」「何を得られるか」の交換になりがちです。でも格闘技の話は、純粋に楽しい。損得がない。だから自然体で話せるし、そこから信頼が生まれることもある。
ビジネスに直結する学びがあったから始めたわけじゃない。でも結果的に、自分の器を広げてくれている実感はあります。
恐怖と向き合うこと。立場のない場所に身を置くこと。自分とは違う人をリスペクトすること。
どれも、ビジネスの現場だけでは身につかないことばかりです。経営書を何冊読んでも、セミナーをいくつ受けても、たぶん得られない。体を動かして、痛みを感じて、自分の弱さを認めて、そこから立ち上がる。その過程でしか手に入らないものがある。
まだ始めたばかりだし、スパーリングもこれからです。もっと怖い思いもするだろうし、痛い思いもするはず。
でも、それでいいと思っています。やるからにはとことんやる。その過程で、経営者としても一人の人間としても、もっと成長できるきっかけを掴みたい。
仕事の話に限らず、スポーツを通じてつながりたいという方も歓迎です。キックボクシング、バドミントン(全国大会出場レベルです)、卓球など、一緒に体を動かせる方がいたら気軽にご連絡ください。
